向田邦子と俺の話は長い。

20代の頃、向田邦子がものすごく好きだった。よく本を読むほうではあったけど、向田さんの小説は全部読んだ。リアルタイムではないかったので、特集されていた雑誌も神田神保町で探して読みあさった。といっても、もともとドラマの脚本家なので、小説もわりと少ないし、少ない中でも短編が多いから読みやすかったりもした。


脚本で有名なのは、寺内貫太郎一家。あ、うん。阿修羅の如く。などか。実際リアムタイムで観てなく、小説から入ったから、ドラマは過去の映像として見たりしたくらいなんだけど、

小説は短編が秀逸で『思い出トランプ』『花の名前』『かわうそ』あたりがすきだった。ま、全部好きだったんですが、『かわうそ』などは、好きすぎて原稿用紙を買ってきて、写してました。写経のようです。笑。

私もこんな文章が書ける人になりたいと思っていたんでしょう。こんなストーリーが、、ってことかもしれません。(文才は一切なかったのですが。)


もう亡くなっていたんですが、ライフスタイルも好きで、洋裁が得意で自分の服もつくるとか、骨董品が好きで器を集めていたり、酒のつまみによいような料理もさっと器用につくるあたりも、私の好みだったのも、ハマったひとつでもあった。表参道の駅あたりの南青山のマンションに住んでいて、行っていた大坊と言うコーヒー屋や魚屋、和菓子屋も、私もまわったくらい。そのマンションも独立するときは開いてないか調べました。全部私も好みだった。


1人の作家の暮らしになぜそんなに執着したのか、と考えると、向田邦子さんの脚本や小説は、日常のささいなことが題材で、大事件も殺人も起こらないし、恋愛話でもなく、ただただよくある、父親とケンカしたことや、ふとしたことで出会って友達になるとか、仕事先の同僚とのやりとりや、夫婦のささいなこととか、、本当にたわいもない日常が描かれていて、そんなことが自分にとっては大事というか、それこそが人生だし、楽しい思うというか、そんな小説を書く人だったから、そんな人はどういう生活をしているんだろう、と興味を持った気がします。インスタ映えするようなことは一切ないけど、そのささやかで、たわいもないことが1番おもしろいんだって小説を書く人でした。


。。。なぜそれを思い出したかというと、前振りが長くなったんですが、今やってる『俺の話は長い』をみてめちゃくちゃ面白く、一話30分2本立ての短さもいいけど、本当にささいな家族とそのまわりの出来事が描かれていて、向田邦子の脚本みたいだなー、、と。

畳に置かれたちゃぶ台を家族が囲み、ごはんを食べながら、いろいろ喋るシーンが、シンボリックに描かれていたりするのも寺内寛太郎一家やサザエさんみたいな設定で、でも、今でもよくある田舎の家の光景で、ある意味リアルで、出来事もよくあるほんと些細な日常で、でも当人にとってはそれが大事なことだったりするけど、ホワンとあったかい感じになるドラマ。

いやいや面白くて、長々と秋の夜長、書いてしまった。


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